根木珠たまねぎ日記|(旧 There's No Blog)

電子書籍を個人出版している根木珠、思考を垂れ流す。(旧Don't Believe Everything You Read)

掌編「シャーマン」

 かつてこの地には、シャーマンがいた。これは当時の話である。
 老人はそう語り出した。
 私は、メモを取りながら、ときどき唸ったり、驚嘆したり、信じられないような気持ちで聴いていた。
 シャーマンの名はボーといった。村の人々が病にかかれば治してやり、死者との再会を頼まれれば死者を呼んでやり、女が産気づけば母子ともに健康であることを祈った。当時は出産も命がけであった。
 村長のヌイはボーに、ある提案をした。
 この村は近々、外敵におそわれる。戦士たちも戦に備えてはおるが、この村がどうなってしまうか、その吉凶を占ってほしい。
 ボーは村長の命に従い、村の存亡を占うことにした。
 まず、神への供儀(生け贄)として、鹿と兎を用意する。次にケシを集め、石臼で挽き、植物の葉で包み、火で炙る。その煙を吸い、ボーはトランス状態に入る。
 う、ううう、とボーは唸る。
 ついには、おお! おお! と叫びながら、踊り狂う。
 供儀である鹿の心臓を、生きたまま手で引きずり出す。兎の首を引きちぎり、その血を飲む。
 う、おお! おおうあ! 
 さらに興奮状態になったボーは、ぐるぐるとその場を駆けずり回る。
 しばらくすると落ち着いてき、すうっと、遠くを見るような目になる。
 ボーは口を開いた。
 この村は、もうだめだ。
 どうして、とヌイは訊かない。
 ただ、うむ、と頷いただけだった。
 翌日もその翌日も、とくに変わらぬ穏やかな日々が続いた。
 けれども、敵の手は徐々に伸びており、村の中に浸透していたのだった。
 まずは、衣服、それから医術である。敵は、裸ではいけない、その肌を隠さなければならない、といった。そらから、そんな非科学的な呪術なんかでは死人がでるだけだ、我々の進んだ技術ならば助かる命である、ともいった。
 貨幣も入ってきた。天候の影響で作物がとれないとき、人々は貨幣で作物を買った。獲物が捕れなかった日、やはり貨幣で、それを買った。
 村の生活は少しずつ、だが確実に変わっていった。
 村人たちも、半ば諦めているのか、はたまたこういった便利さに慣れていったのか、受容しているようだった。
 そんなある日、集会の席で、ヌイは、次の村長を決める、といった。わしも年だからな。
 村人たちは当然、ヌイの息子が村長になるものだと考えていた。
 ヌイは村人たちの顔をゆっくりと見渡し、そしてこういった。
 わしを、殺したやつだ。そいつが、村長になる。
 なにをいっているのか、とボーはいった。
 よいのだ。ヌイは、目で諭した。さあ、今、やってくれ。
 ヌイはそういうと、よく研がれた刃物を取り出した。
 村人たちはうろたえた。ヌイは尊敬すべき人であり、とても自分の手で殺すことなどできない。みな、戸惑いの表情を浮かべ、身じろぎもできずにいた。
 では、とボーは立ち上がった。
ふだん呪術をしており、怪我や病気の治療もしているボーは、ここは自分がやるしかないと決心したのだ。
 すっ、と小さなものを取り出し、ヌイの腕に、挿し込むようにした。ヌイは抵抗もしない。少しして、ヌイは眠りはじめた。ボーはそれから刃物を手に取り、ヌイの心臓のあるあたりに刃先を入れ、ぐっと力を込めた。
 村人たちは、見ていられないとばかり手で顔を覆う。が、見ていろ、とボーはいった。ちゃんと村長の最期を見てやれ。
 女も、子どもも、年寄りも、体のどこかが痛むような顔つきで、静かに見守っていた。
まわりは血だらけになり、すでにヌイが息絶えていることは自明だった。
 その後、ほんの数ヶ月、ボーは村長として村をおさめた。
 敵はもはや敵ではなく、いく人かの村人と結婚し、身内になっていた。子孫は当然、混血し、村人とその敵とは同じような外見になり、見た目のみならず心性も混ざりあった。
 村の文化は古いと淘汰され、かつて敵のものであった文化が、村に根付いた。
 ボーはそれから医術の勉強をした。
 昔の面影のないその地で、今でも人々の治療をしている。
 ただ、時が経つにつれ、人々の病のあり様も変化してきた。
 心の病に罹る人が多くなったのだ。
 それがなぜなのか知りたくて、ボーは今では、カウンセラーとして働いているという。

 老人はそこまでいうと、遠い目をしていた顔を私にむけ、しっかりと私の目を見た。

 ありがとうございました、と私は礼を述べ、そのカウンセリングルームをあとにした。


(了)

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ナバホへの旅 たましいの風景

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