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根木珠たまねぎ日記|(旧 There's No Blog)

電子書籍を個人出版している根木珠、思考を垂れ流す。(旧Don't Believe Everything You Read)

ものを書くことについて考えた

小説を書くときって皆さん、論理的に考えて書いているのでしょうか……?
私は、なんとなくで書いている気がします……。

例えば「唇がくっついている」と書いたところ、くっついているっておかしくない? と言われたことがあります。

それで「口角の下がったぶ厚い下唇が――まるで後からくっつけられたかのように――強調されて見えた。」になりました。
これだと、まあ正確かもしれないけど長ったらしいなあ感覚的に、「唇」が「くっついている」のが、なんとなく語感がおもしろくていいんじゃないかなあ直感的に、と思ったものでした。

話は変わります。

複数人でひとつのものを作るのが、必ずしも作品の質を下げるということにもならないんじゃないかという気もしているのです。
映画「ラヂオの時間」みたいに、いろんな人がいろんなことを言って、なんだかだめになっちゃうことはあるのかもしれない……けれども、ひとりで小説を書いて自己出版してみると、表紙を自分で作ったとき、なんかこう、アレだなあトホホ……という感じがありました。

自分の書きたいことを書きたいように、表現したいことを表現したいようにできるのはよいかもしれません。ほかのひとがクチバシを挟まないぶん。

ものを作るとき、複数人なのか、一人なのか、それは品質に関係なくもないけれど、やり方次第では作品を良くも悪くもするのかもしれませんね。

商業のほうで問題になっているようなことがインディーズの世界では起きないといいけれどと勝手に危惧しています。

私ごときが危惧するのもおこがましいですが……すみません……(卑屈)。

組織になってしまうとトラブルが起き、ひとの善意だけに頼りすぎるとそのひとが潰れてしまう、というような、どこかでなにか歪が出てきてしまうのかもしれません。

では、どうするか。

わかりません。

そんなことを考えました。というお話。

思考の垂れ流しでした。

(おわり)