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根木珠たまねぎ日記|(旧 There's No Blog)

電子書籍を個人出版している根木珠、思考を垂れ流す。(旧Don't Believe Everything You Read)

ショート・ショート「死後」

創作 掌編 小説 ショート・ショート

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 ある夏、僕は熱中症で死んでしまった。

 
 まったくやりきれない。
 今までいろいろあった人生の最後が、熱中症だなんて。
 著者略歴に書くとすれば
 一九八三年、埼玉県に生まれる。二〇XX年、自宅マンションにて熱中症で急逝。
 悪ふざけとしか思えない。
「未練がましい」と思うむきもあるかもしれないが僕は現世にいる。
 なにを思い残すことがあるか、殺されたわけでもないのにと言うならば、一度、熱中症で死んでみるといい。
 これはとても悲しい。
 泣くに泣けないのである。
 憤りのやり場もない。
 突然、死んでしまった。
 ああ、あの時、我慢などせず冷房をつけていれば、などと今さら悔やんでも遅い。
 そして僕はこのやり場のない感情を、こうして書き留めているのである。
 幽霊なのにものが書けるかとお思いだろうか。
 それが書けるので、僕も今、びっくりしているところである。
 自宅マンションの一室、パソコンの前に僕はいる。
 はたから見ればキーだけが動いていいるように見えるのかもしれないが、確認のしようもない。
 早くしなければ、実体のほうの僕が腐ってしまう。なにしろ夏の盛りだ、腐敗の進行も早いだろう。
 いや、そうだ。冷房をつけよう。少しは違うかもしれない。
 僕は立ち上がって(幽霊にも足はあるらしい)、エアコンのプラグをコンセントに入れ、今年の夏になって初めて冷房をつけた。
 生前につけていれば……。おっといけない、また感傷的になってしまった。
 僕が死んだことに、まだ誰も気づいていない。一人暮らしだからでもあり、死んだのがつい数時間前だからでもある。
 どうやら夜中、寝ている間に死んだらしい。夜中に熱中症になり、そのまま死んでしまうことがあるとテレビで言っていたのを思い出す。
 死んでしまったものはしかたがないから、ちょっと外へ出てみることにした。
 ドアや壁をすり抜けることができるのか試しにやってみた。
 案外、いけた。
 便利だ。
 内側から鍵をかけそのまますり抜ければいいのであるから、「あれ、鍵かけたっけ」と思い戸締りを確認すべく家に引き返す、なんてこともない。
 些細な事であるが、これも幽霊であることの、ひとつのメリットである。 
 深夜も深夜、もう翌朝といっていい時間帯であった。
 ふらふらと深夜の街を徘徊していた僕は、ある女性を見かけた。道の向こうから歩いてくる。
 幽霊かと思って怖くなったが、僕が怖がるのも道理で、その女性はこちらをまじまじと見つめてくるのである。
 つかつかと歩み寄って来たから顔が見えた。
 突然、ギャアと言ってその女性は走ってどこかへ行ってしまった。
 いやはや、生きている人間のほうが恐ろしいとはよく聞くが、その通りと僕は思う。
 実際、幽霊の僕が震え上がるほど、女性は物凄い形相をしていたのであった。
 この体は、というか幽体は、どうなっているのか、僕はいろいろ試してみた。
 まずドアや壁はすり抜けることができる。
 しかし物に触れようとすれば、それもできるようである。
 おなかもすかないし、寝なくても平気である。
 ふと気になることがあり、水を飲んでみた。
 びしゃびしゃと床にこぼれてしまった。
 もしかしたら胃腸の中を、水が通る様子が見られるかと思ったが、あえなく失敗に終わった。 
 僕は、透明人間ではなく幽霊なのである。
 残念だ。
 面白いものが見られるかと思ったのだが。
 うわさ話を聞いた。
 このマンションで、自殺が相次いでいるらしい。
 なんでも、ある部屋にいる幽霊が祟って、その部屋の入居者を無差別に呪い殺しているという話である。
 ちょっとその部屋へ行ってみることにした。
 そこは五階で、階段の手すりから下を臨むと足がすくむ(先も行ったが幽霊にも足はある)。
 飛び降りが多いという。
 この吸引力にやられて、ふらふらと落ちてみたくなったのだろうか。
 僕には、そのような被虐趣味はないのでわからない。
 さてその自殺者多数とうわさの部屋、すり抜けて入ってみた。
 さぞかし生活感がなく薄暗い部屋なのだろうと想像していたが、まったくそんなことはない。
 むしろ生活感で溢れていた。
 生前の僕の部屋より生命力に満々ているくらいである。
 基調となっている色は明るく、ワンルームなので広くはないが、展示品のように飾ってある家具といい、綺麗に片付きすぎている雰囲気といい、少し病気ではないかと思うくらいだ。
 もっとも生活感を覚えたのは、血である。
 ぎょっとした。
 その赤いのが真っ先に目に入り、ああこの人は生きているんだなと思っている場合ではないことに気付いた。
 若い女性であったが、リストカットをしている最中だったのだ。
 これはまずいと思ったがどうしていいかわからず、壁やなにかを叩いてみたり地団駄を踏んでみたりしていた。
 すると女性は、はっとして手を止めた。あたりの様子をうかがっている。
 一瞬、目が合ったように思ったが、視線は僕より少し向こうを見ているようだった。彼女に霊感らしきものはないのだろう。
 急に怖くなったのか(手首を切るのは怖くなかったのか)、携帯電話を取り出して友達か誰かにかけたようである。
「やっぱここ、いる」
 いるのはいるが、よかれと思ってやったことなのにすごい勢いで怖がられて、僕は悲しい。
 これも幽霊の宿命かと諦め、僕はその場をあとにした。
 うわさといえばもう一つ。
 この部屋、いま僕がいるこの部屋で、目撃情報が飛び交っている。
 深夜(というか早朝)の四時四十四分にこの部屋の窓を外から見上げると(僕の部屋は二階である)、人が立っていて、こちらを見てくるというものである。
 さもありなん。
 髪の長い女性で白い服を着ている、という。
 うわさに尾ひれはつきものである。
 僕は髪の毛は短いし、服は黒系が多い。白は汚れが目立つし、何度も洗っていると生成りで着られなくなるため、あまり買わないのである。そもそも僕は、女ではなく男である。
 目撃した人に言いたい。そんな時間に{人気|ひとけ}のない道をうろついていたら危ないので、よすがいい。
 いつか忠告しようと、人が来たらすぐにわかるよう僕は窓辺に立っているが、いまだ忠告する機会には恵まれていない。
 幽体になって数日経った今も、実体のほうの自分を横目に自室でパソコンをいじっている。
 まだプロバイダ契約等も切られるほどには時間が立っていない。
 それに、どこかへ連絡しようにも自分で電話をするわけにいかない。
「僕が死んでるんです」
 と仮に警察か救急に連絡でもしようものならいたずらと思われるだろう。
 マンションの住人に話しかけたとしよう。
「二〇X号室で僕が死んでます」
 姿が見えないのに声だけが聞こえるのである。
 まず自分の頭を疑うだろう。
 ここまで考えて、だめだ、と思った。
 完全に打つ手なしではないかもしれないが、今のところ妙案は思いつかない。
 うーん――。
 ――――。
 書き途中で寝てしまった。
 いまは朝である。
 睡眠は必要ないはずであるが、意識が突然切れ、ふと目が覚めて、今まで寝ていたことに気づくのである。
 眠るというか、「寝落ち」に近い。
 昨夜は考え事をしているうちに寝てしまったが、今日は少し遠くまで行ってみることにした。
 気分転換というやつである。
 ドアをすり抜け外へ出る。足はあるが歩かずに、飛ぶ。これが、風になったようで気持ち良いのである。
 少し運動不足が気になった。
 それにしても僕はなぜ成仏しないのか、成仏するためにはなにか試験的なものをパスしなければならないのか、などと考えながら、車道をふわふわ飛んでいた。
 人の歩くような道ではなく、すぐ隣にガードレール、その向こうは崖であった。
 そのようなところで人の形をしたものが見えたので、僕は驚いた。
 僕のお仲間である。
 向こうも僕に気がついた。
「おお、若いの」
 声から察するに、それなりにお年を召した男性であろう。
 そしてこれは見るからにであるが、地縛霊である。
 その地縛霊のおじいさんはにこにこしている。
 ずっと話し相手がいなくて寂しい思いをしていた、ちょうどよかった、と言う。
 僕はまだ了解も承諾もしていないが、すでにおじいさんの話し相手として認定されたらしい。
 光栄である。
 僕はまず自分の名を告げると、おじいさんも名乗った。
 淡坂津麻男というらしい。
 その淡坂じいさんは語り出した。
 ――ここは、死のカーブと呼ばれておってな。
「カーブって野球の」
「いや、この道路が曲がっておるじゃろ。それでな」
 僕は冗談を言ったつもりだったが、ただ混ぜっかえしただけになってしまった。
 だいたい僕の冗談はうけたことがない。
 それどころか、それが冗談であることに気づかれたことすらないのである。
 僕にとってこれが最大のミステリーだった。
 なぜなのだろう。
 淡坂じいさんはそんな僕に構わず続ける。
 ――ここは平坦に見えて実は、緩やかな下り坂になっておってな。
 減速することなくカーブを曲がって、曲がりきれずにガードレールを突き破って真っ逆さま。
 カーブで曲がりきれなかったことがないような自信のある人が、ほとんど減速せず直前に急ブレーキを踏む。
 なのでその道路に、タイヤ痕がくっきり残っている。
 そのタイヤ痕が人の形に見えるのだ。
「へえ、タイヤ痕が?」
 僕はそのあたりを見た。
 確かに、言われてみれば見えなくもないというぐらいの、ぼんやりした輪郭である。
「それで、淡坂さんもここで?」
 ――まあ、そうじゃな。
「恨んで、ここの人たちを事故に遭わせているの?」
 ――いや、それがな。
 淡坂じいさんは少し寂しげな声で、ぽつりぽつりと話しだした。
 僕はしばらく混ぜっ返すのをやめて聞いていた。
 ――そう、ここが少し下り坂になっていて、遠近感が狂うのか、あまりにも事故が多発したものじゃから、わしはそれをどうにか伝えようとしたんじゃ。わしも昔はやんちゃだったからのう、わからんで
もないが。そうそう、やんちゃといえば……。
 話が脱線するので要約する。
 ドライバーの皆さんに注意して差し上げようと思った淡坂おじいさんは、カーブの直前であるこの場所に(よかれと思って)ぼうっと立ってみたり、夜中にこの道を通った車の前に飛び出してみたり、カーラ
ジオの電波を狂わせてみたりしたそうだ。
「妨害電波まで出せるの」
「それなりに修行が必要じゃがの」
「どれくらい練習したの」
「この道、五十年じゃ」
「じいちゃん」
「なんじゃ」
「人のためになりたいなら、いますべきことは」
「うむ」
「成仏、じゃないかな」
 それきり淡坂おじいさんには会っていない。
 成仏したのかもしれないし、どこか別の場所でいまだに(よかれと思って)誰かを驚かせているのかもしれない。
 ときどきであるが、見える人、感じる人と会うことがある。
 おおむね怖がられる。
 だが待ってほしい。
 僕は何もしていない。ただ、いるだけなのだ。
 そちらが勝手に怖がっておいて、こちらは得体の知れない霊媒師に除霊されそうになったり、得体の知れないものを見るような目で見られたりするのである。
 幽霊差別である。
 僕だって死ぬ前までは生きていたのだ。
 そんな目で見られて僕は深く傷ついた。
 そうしてなにか不幸があれば霊の仕業という。
 言いがかりもいいところだ。
 たしかに悪さをする霊もいるだろう。
 僕も、ものの位置を勝手に変えたり、見られては恥ずかしい本がしまってあるところからひっぱり出してみたり、物音を立てて驚かせてみたり、そのくらいのいたずらはする。
 けれど、夜中に出歩いて「こんな顔でしたか」と目鼻のない顔を見せて驚かせたり、行灯の油を舐めたり、首を伸ばしたり、その他の悪質ないやがらせはしない。僕にはそんな趣味はない。
 それでも僕ら幽霊や、物の怪の類は悪者にされがちである。
 僕は言いたい。
 それでも僕は、やってない、と――。

 

(了) 

 

 ――。
 ――――。
 パソコンの電源を落として、僕はふうと息を吐いた。
「ねえ、この着信、誰」
「うおっ、いつの間に」
 僕の部屋に入ったんだ。
「ん、さっき。それよりこれ、女の子? でしょう?」
「勝手に人の携帯電話を」
「母は心配なのよ。いい年して彼女もできない息子が」
「いい年だから携帯電話とか見られたくないんだけど」
「じゃ。夕飯できたから早く降りてきなさいよ」
 母は僕の話もろくに聞かず、部屋を出ていった。
 ああ、一人暮らしがしたい。
 この小説が新人賞を受賞したら、実家を出よう。
 僕は改めてそう決心した。

 

(了)

 

 ――思い出した。
 僕は小説家志望だったのだ。
 けれど、小説家になるどころか、応募原稿を投稿もせず死んでしまった。
 たぶん成仏できないのはそれが原因だろう。
 そして書き上げた原稿がこれである。
 死んだ人間が幽霊になって書いたなんて、はなから信じない人が多数だろう。
 だがしかし、これをあなたが読んでいる事実が、なによりの証拠である。

 

(了)

 

 

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
根木 珠 作『死後』はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスで提供されています。