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根木珠たまねぎ日記|(旧 There's No Blog)

電子書籍を個人出版している根木珠、思考を垂れ流す。(旧Don't Believe Everything You Read)

掌編「目」

創作 小説 掌編 ショート・ショート

「こっち見なさい」
 母は私の目を、真っ直ぐ見て叱る。
「普通は、こういうときなんて言うの?」
 私は考える。わからない。答えられない。
「ごめんなさいでしょ!」
 母の手に力が入るのがわかる。私の肩を掴んでいる。
 私は呼吸を整える。そして、
「ごめんなさい」
 と言う。
「ねえ、なんでこんなことするの。私を困らせたいんでしょ。そうでしょ」
 母はなかなか私を解放しない。
 お腹のあたりが重くなってくる。呼吸をするのが難しい。
 見えない何かに圧迫される。押し潰されるような感覚。
 それは午前中、私が小学校から帰ってきてからのことだった。
 母はひとり、家におり、洗濯物を取り込んでいた。
 夕方遅くまで私は同級生と遊んでいたため、下校する時間が遅くなってしまった。
 帰宅すると私はランドセルを子供部屋に置き、すぐに家から出ようとした。
 母は、私を呼び止めた。というより、首根っこを掴まれて私は、引きずられたのだった。
 それから母は私を叱り始めた。私の目を、真っ直ぐ見ながら。
 なんで帰りが遅いの。あなた女の子でしょう。心配するんだから。早く帰ってきなさい。
 その間、私は黙っていた。こうするより他、どうしていいかわからなかったのだ。
 そして母は言った。
 ――あんたは普通じゃない。
 そうか。私は普通ではないのか。
 うん。どうやらそうらしい。
 学校でも、クラスメイトの言っていることがよくわからない。
 やれあのアイドルが好きだの、あのテレビを見たの、あの音楽が好きだの。
 なんのことを言っているのか。私の知らない単語ばかりだ。
 そして彼らは私を嘲笑している。毎日。なぜなのか、私にはわからない。
 
 父は帰りがいつも遅い。私が寝たあと帰ってきて、起きる前には出て行く。
 なんの仕事をしているのか、私は知らない。
 母はいつもいらいらしている。夜中に目が覚めると、父と母の口論が聞こえる。
 そういうとき、私は耳を塞ぐ。暗い部屋の中。明かりもない。音もない。
 なにもない世界で。


 あれから何年、経ったろう。
 なぜ、僕の顔を見てくれないの。
 パートナーによく、そう言われる。
 ひとは顔を見てもらえないと、不安になるのらしいということを学んだ。
 彼はこうも言った。
「あなたは普通じゃないんだよ」
 私の目を、真っ直ぐ見ながら――。